ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』
とにかくすごい。とても考えさせられるけれど、たくさんの人に読んでほしい1冊。
本の紹介、あらすじ
1922年、ポルトガル生まれの作家、ジョゼ・サラマーゴ(José Saramago)によって書かれた長篇。ジョゼ・サラマーゴは1998年にノーベル文学賞を受賞している。
あらすじは、原因不明の突然の失明が人々の間で次々と感染していくというもの。その失明は「ミルク色の海」と表現されるように、目の前が真っ白になるという。不安や恐怖の中で、人々の感情やその結果としての行動が描かれ、人間の価値や自由について考えさせられる作品。
文体は、人のセリフが鉤括弧を使わず一連の文章として書かれているのが特徴的。最初は、どこまでがセリフなのか、また誰のセリフなのか考えていたが、慣れると心地よく入ってきた。
河出書房の文庫版でのページ数は、訳者あとがきまで含めると、421ページ。1ページの文字の密度も多めなので、全体としてのボリュームは多めである。
しかし、読み始めると止まらず、一気に読了してしまった。
読んだきっかけ
読んだきっかけは、大学時代の読書好きな哲学専攻の友人に勧められたから。
最近、といっても数年前から、カミュの『ペスト』が流行っているよね、という話題になって、その友人曰く、こっちの方が印象が強かった、なんかすごかったとのことで、気になって購入。
ちょうど、河出書房のフェアをやっていて、表紙が本屋さんで目立っていたのも惹かれた理由の1つ。
個人的な感想、考えたこと
ここ数年読んだ本の中で、最も印象に残る本だった。読了後も、この本のこと、直接的な内容に限らず、この本に影響された視点でいろいろなことを考えてしまう、そんな本だった。
まず、こんなにも影響されたのは、私自身が2020年前後のパンデミックを経験したからだと思う。
感染症の種類は違えど、社会全体がこれからどうなってしまうんだろうというこれまでに経験したことのない種類の不安を日々感じていた。作中でもこのような社会の状況の描写があって、隔離政策など、社会が個人の生活に干渉せざるをえない状況にとても共感できた。
この自由と統制の対比は全体を通して印象的で意識させられる。
また、情報がなくわからないということが恐怖、不安だから政府に守ってほしい、だけど自由は奪われたくない、みたいな矛盾したたくさんの感情が同時発生して、自分でも自分の気持ちが整理できない。そんな混沌とした感情。
自分が元気だったときに感染者に対してとった態度と、自分が感染者になってしまった時に受ける扱いにショックを受ける、そんな対比。
登場人物のすることがなんて愚かだと思いつつ、実際に自分たちも経験したからこそわかる、心は痛いけれど、そうなってしまうよねという共感。
心は痛いけれど、すごくわかる、そんな感覚がずっと続いた。
そして、人間ってやっぱり強いんだなと思えた。原因不明の感染症に社会が侵されても、人間はそれに対応するやり方を見つけるし、時間はかかっても結局は元の世界に戻れるように工夫をしていく。これもここ数年で現実に起こったことだけれど、客観的な物語として読むと、人間って改めてすごいなと感じた。
また、あとがきを読んで気付かされたのは、男女の役割について。
ネタバレになるのであまり詳しくは書かないが、どうしてその人物がそのような役割を与えられたのか。そこには男女の役割が意識されているのか。作家本人に聞かないとわからないけれど、実社会でも改めて男女の役割について考えさせられる。
この本を読んで思ったことは、ありきたりかもしれないけれど、普通である今の環境への感謝と、大切な人との時間をたくさん過ごそうということだった。
現実社会でもパンデミックが終わって数年経つけれど、あんなに苦しかった頃のことを、少なくとも私はもう忘れようとしている。
辛いことを忘れるのはいいことでもあるけれど、もしかしたらまたあの時のような状況になるかもしれないということは忘れずにいたいと思う。そうすれば、毎日を大切に生きられそうな気がする。
日本ではスーパーやドラッグストアを除いて、飲食店や百貨店なども1〜2ヶ月は完全に店を閉めていた時期があった。スーパーに行っても、ソーシャルディスタンスと言われてレジに並ぶのも前の人と大きく間隔を空けていた。旅行はもちろんなくなったけれど、当初は、近隣へ行くのに電車に乗ることすら恐怖を感じていた。学校も会社も、よっぽど必要でない限り、オンラインで用事を済ませ、人と会う機会が本当に減った。
当時自分が思ったことは、21世紀でこんなに科学が発展しても、結局起こることは昔と変わらないんだなということだった。
上のような当時の出来事や感情もだいぶ忘れてきたけれど、この本を読んだら一気に思い出して、少し感傷的な気分になった。
まとめ
『白の闇』は、人間の思考や行動について、生々しくリアルに描かれている。
しっかり文学が読みたい時も、人間ドラマを見たい気分の時にもおすすめできる。
ぜひ読んでみてほしい。