森博嗣『イデアの影』感想

森博嗣さんの『イデアの影』の感想を書き留めたい。
個人的にはとても好きな、また時期が来たら読み返したい、そんなお話だった。
ストーリーについて詳しく書くことはせず、あくまで一個人の感想だけど、誰かと共感を分かち合えたりしたら嬉しい。
森博嗣さんの作品について
もともと森博嗣さんの作品は、何作か読んだことがある。
森博嗣さんの作品にはたくさんのシリーズがあって、個人的なお気に入りは「Wシリーズ」。
いわゆるSFなのだけど、怖い感じじゃなく、何よりもロボットなども含めた登場人物のキャラクタがかわいい感じで、ストーリがテンポよく進んでいくので、ホラーなどが苦手な私にはフィットした。
他にはエッセイも書かれているのだけれど、それもサクッと読めて、理系的と言っていいのかわからないけれど森博嗣さんならではのさっぱりさが心地よくて好きだ。
一方で、森博嗣さんの有名な著作といえば『すべてがFになる』などの「S&Mシリーズ」、いわいる理系ミステリ。これは脳のエネルギー消費量が上がるけれど、独特な世界観があって没頭してしまう。
今回の『イデアの影』は、たしかに森博嗣さんの世界観ではあるのだけれど、これまでにない新しいジャンルだと感じた。
ファム・ファタルとはなにか

ファム・ファタルとは、フランス語で男を破滅に導く女だけど、見た目が怖い女とか強そうな女ではない。
フランス文学には、様々なタイプのファム・ファタルが出てきて楽しいのだが、詳しくは鹿島茂先生の新書『悪女入門 ファム・ファタル恋愛論』が面白くわかりやすいので読んでみてほしい。
『イデアの影』の帯には、「知覚と幻想のあわいに生きるファム・ファタールの物語」とある。
読んでいるときは、あまりファム・ファタルとは思わなかったのだけど、後から振り返ると、この物語のファム・ファタルは、ファム・ファタルとして分類するなら「マノン・レスコー」に似ているように思った。
しっとりと、やさしく甘美な、でもどこか寂しい、そんな雰囲気が作品全体を通して漂っていて、読んだ後も心の中に残る余韻がある本だった。
ファム・ファタルになりたいわけではないけれど、神秘的な、悲壮な雰囲気を纏っていながら美しい、そんな側面をもつ女性って素敵だなと思うし、そういう人になりたいとは思うので、私の中では、精神的な意味でのバイブルの1つになりそう。
ヨーロッパ的な美しさが漂う雰囲気
この物語は、全体的になんだか美しい雰囲気が漂っているという印象を受けた。
もちろん、森博嗣さんの言葉づかいによるところがすべてなのだけど、美しいにもいろいろあるので、私なりの解釈としては、ヨーロッパ的な美しさという感じ。
場面や描写そのものに、薔薇とかパーゴラとか、日本ではあまりなさそうなものが出てくるので、その影響もある。
とにかく、美しい、おしゃれな雰囲気が味わえる本だった。
心と躰
もうひとつ、心と躰というテーマも、読後しばらく経ってからもに印象に残っている。
これまで学問的な視点から、精神病理について本を読む機会があったのだけれど、それらすべてを含めて綺麗なお話にしたらこんな感じかもしれない、という感じ。
丁寧に、きれいに描写されているので読みやすく、頭にも入ってきやすい。
ただ、この心と躰というテーマに当たる部分は、読んだ人によって解釈が分かれるところだと思う。
解釈というわけではないのだけれど、私自身は、「彼女」のような視点で世界を見たらどんなふうなのかという興味が湧いた。
まとめ
この本を一言で表すなら、とても美しく儚いお話、ということになると思う。
ヨーロッパ的なおしゃれな雰囲気が好きな人、ファム・ファタル文学が好きな人はもちろん、現実世界を離れてなにか他の世界に没頭したい、そんな人にもおすすめの1冊だ。